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札幌高等裁判所 昭和41年(ネ)220号 判決 1967年1月18日

控訴人・被告 佐々木熊次郎

訴訟代理人 竹原五郎三

被控訴人・原告 石坂政年

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の各請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文第一、二、三項同旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

被控訴人は請求の原因として

一、控訴人は被控訴人に対し、昭和二七年六月一二日頃別表1および3の各約束手形を、昭和二九年五月一五日頃同2の約束手形を、いずれも同表( )内記載の各欄を白地とし、被控訴人に右白地の補充権を与えて振出した。

二、そこで被控訴人は右白地補充権に基づき、昭和四〇年一〇月二二日右1の約束手形を、同月一一日右2および3の各約束手形を、それぞれ別表( )内記載の通り補充して完成した。

三、よつて被控訴人は右三通の約束手形の所持人としてこれが振出人である控訴人に対し右各約束手形金合計四〇万円の支払を求める。

と述べ、

「控訴人の消滅時効の抗弁は争う。約束手形の白地補充権の消滅時効期間は二〇年である。なお、後記控訴人の自白の撤回には異議がある。」と述べた。

控訴人は答弁として

一、請求原因事実一の事実は争う。尤も控訴人は原審において別表2および3の各約束手形を振出したことを認めたが、右は事実に反し且つ錯誤に基づく自白であるから当審においてこれを取り消す。

二、同二の事実は不知。

と述べ、

抗弁として

仮に被控訴人主張の請求原因事実がすべて認められるとしても、右各手形の白地補充権は

(イ)  別表1および3の各手形については昭和三二年六月一一日の経過とともに、同2の手形については昭和三四年五月一四日の経過とともに商法所定の五年の消滅時効により、

(ロ)  仮にそうでないとしても、別表1および3の各手形については昭和三七年六月一一日の経過とともに、同2の手形については昭和三九年五月一四日の経過とともに、民法所定の一〇年の消滅時効により、

消滅しているから、右各手形につき白地補充権の消滅後になされた別表( )内記載の補充は無効である。

と述べた。

証拠関係

被控訴人は甲第一ないし第六号証を提出し、原審における被控訴人本人尋問の結果を援用し、控訴人は原審における控訴人本人尋問の結果を援用し、甲第二ないし第六号証の成立はいずれも認めるが、甲第一号証の成立は否認すると述べた。

理由

一、控訴人が被控訴人に対し別表2の約束手形を昭和二九年五月一五日頃、同表3の約束手形を昭和二七年六月一二日頃、同表( )の各欄を白地のまま振出したことは当事者間に争いがない。

(尤も控訴人は当審において右自白を撤回したが、控訴人自ら原審における本人尋問において同表2記載の約束手形を振出したことを供述している位で右2の約束手形の振出については右自白が真実に反すると認め難いことは明らかであり、同表3の約束手形については、右控訴人の供述中には右手形の振出を否認する趣旨の部分があるけれども、右供述は控訴人が右約束手形である甲第三号証の成立を認めたこと及び原審における被控訴人本人尋問の結果に照らし措信し難く、また成立に争いのない甲第四号証によれば、控訴人は本訴支払命令送達後、被控訴人に対し約束手形を振出したことはない旨内容証明郵便で回答したことが認められるが、右は控訴人の主観的な主張にすぎないものであつて、右の事実をもつて控訴人が別表2、3の各約束手形を振出したことがないと認めるに足りず、他に右自白が真実に反し且つ錯誤に基づくものであると認めるに足りる証拠はないから、結局右自白の撤回は許すべからざるものである。)

二、ところで控訴人は別表1の約束手形の振出を否認するので先ずこの点につき判断する。

原審における控訴人本人尋問の結果によれば、甲第一号証(別表1の約束手形)中振出人欄の「東夕張炭鉱鉱業所所長佐々木熊次郎」の印影(ゴム印によるもの)およびその名下の丸印が、控訴人が昭和二七年頃右鉱業所経営当時使用していたゴム印および丸印によつて顕出されたものであることが認められるから、同号証中振出人欄は真正に作成されたものと推定すべきところ、右推定をくつがえすに足りる証拠は何ら存しないし、右推定事実と後記原審における被控訴人本人尋問の結果とを総合すれば、同号証は真正に作成されたものと認められる。

そして右甲第一号証と原審における被控訴人および控訴人各本人尋問の結果(ただし控訴人本人の供述のうち後記信用しない部分を除く。)を総合すれば、控訴人は昭和二七年四月頃事業資金調達のため上京する際、その費用として被控訴人から金一〇万円を借り受け、右借受金の支払確保のため手形用紙の振出人欄に前記ゴム印および丸印を押捺し、被控訴人に金額欄に金一〇万円と記載させた上、その他の欄は空欄のままこれを被控訴人に交付したことが認められ、右控訴人本人の供述のうち右認定に反する部分は前顕甲第一号証および右被控訴人本人尋問の結果に照らし措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。すなわち控訴人は被控訴人に対し別表1の約束手形を昭和二七年四月頃、同表( )内の各欄を白地として振出したものと認められる。

三、以上説示のとおり、控訴人は別表1、2、3の各約束手形を同表( )内の各欄白地の白地手形として振出したものであるところ、右のような白地手形は該手形につき特に補充を禁止したと認められる事情のない限り所持人においてその白地を補充完成して手形上の権利を行使しうるものと解すべきであるから、被控訴人は右1、2、3の各約束手形の白地補充権を有するものというべく、前顕甲第一号証、成立に争いのない甲第二、三号証および原審における被控訴人本人尋問の結果を総合すれば、被控訴人は別表2、3の各手形については昭和四〇年一〇月一一日、同表1の手形については同月二二日、右補充権に基づきそれぞれ別表( )内の各欄を補充し右各手形を完成したことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

四、そこで進んで控訴人の白地補充権の時効消滅の抗弁について考えるに、本件1、2、3の約束手形は満期白地の白地手形であつたところ、白地手形の補充権は手形要件を補充して手形を完成する形成権であつて、その行使により当該未完成の手形を完成させ手形上の権利を有効に発生させるものであり、補充権が手形の譲渡に随伴することにかんがみれば、補充権の行使は手形行為そのものではないが、商法第五〇一条第四号所定の「手形ニ関スル行為」に準ずるものと解して妨げなく、その消滅時効に関しては同法第五二二条を準用して、これを行使しうべき時から五年を経過することにより消滅すると解するのが相当であり、右消滅時効期間を民法第一六七条第二項にいう債権又は所有権に非ざる財産権として二〇年とすると解することは相当でなく、この点に関する被控訴人の主張は採用し難い。

したがつて補充権授与契約上存続期間につき特別の定めがなされたとの認められない本件においては補充権は交付の時から行使しうべき状態におかれたもので交付の時から五年を経過した日すなわち別表1および3の各手形についてはおそくとも昭和三二年六月末日の、同表2の手形については同じく昭和三四年五月末日の各経過とともに時効により消滅し、被控訴人は既に補充権を行使するに由ないものというべく、右消滅時効の抗弁は理由がある。

さすれば被控訴人が昭和四〇年中になした右1、2、3の各手形の白地補充はいずれも補充権消滅後になされた無効のものであることは明らかで、これが有効であることを前提とする被控訴人の本訴請求は爾余の点につき判断するまでもなく失当として棄却さるべきである。

よつてこれに反する原判決は不当であるから取り消すこととし、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条を各適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 今富滋 裁判官 田中恒朗 裁判官 潮久郎)

別表<省略>

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